近江の式内社
 
 近江は、古来「近つ淡海」<ちかつあはうみ>と称された琵琶湖を中心にした地域である。 
自然に恵まれ農耕に適した地も多く、古代・中世の政治の中心にも近く、あるときは政治の中心でもあった。
地勢的にも日本列島の中央にあって、湖上も含め交通の要衝であることは現代も古代もかわりない。
また日本国内の交流のみならず、大陸との交流にとって近江が果した役割が決して小さくなかったことは、
渡来人の止住した多くの遺跡が証明するところでもある。
 このような近江の地に、古来から多くの人々が生活を営んでいたことは考古学的検証によっても可能だが、
氏族社会における拠りどころでもあった「神社」を巡ることによって、近江の歴史の一端を伺い知ることが
出来ればと探訪をはじめた。
「八百万の神」と称するように万物に神性をみとめ敬ったのは、人間の力のおよぶ限界を知り自然の営みの
限りない力を畏れた私たち祖先の感性であり、やがて氏族を中心とする社会体制の確立とともに、
氏族の守り神を祀って共同体の繁栄・存続を祈願したものと思われる。
 このような神社がどこに、どのように存在したのか明文化したものの一つが「延喜式」の「神名式」である。
「延喜式」の編纂されたのは律令制も末期の10世紀であり、日本書紀の編纂などにみられるように
「神」をふくめ国史の統一を経ての「官社」のリストであることは、認識しておく必要があるとおもえる。
 延喜式によると、近江国は東山道に属し12郡があって、「神名式」に郡別に記載がある。
「神名式」が編纂されて約1000年経った現在、記された神社を比定することは困難な場合が多く、
祀られていた祭神の変遷もつまびらかでないが、
「式内社調査報告」式内社研究会 編纂など史料を参考にさせていただいた。

 

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