野を横に馬牽むけよほとゝぎす

 

 
    温泉神社     賽の河原     殺生石
 

 是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、「短冊得させよ」と乞ふ。やさしき事を望侍るものか

なと、  「野を横に馬牽むけよほとゝぎす」
 

 四月十六日(陽暦六月三日)黒羽を立ち、高久に至たり、名主覚左衛門方に泊まった。翌十七日は雨のため

逗留。十八日に殺生石見物のため湯本へと向かった。これを記念して、芭蕉没後六十一年の宝暦四年八月、
覚左衛門の孫青楓が桃青芭蕉君の碑を建て、杜鵬の墓と称したと那須町教育委員会の標柱と説明板にある。
 十九日には温泉神社を参詣し、殺生石を訪れた。
  
 高久 芭蕉菴桃青君碑 
 高久 高e寺 句碑
 温泉神社拝殿前 句碑

 

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