あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ

 

  暑き日を海にいれたり最上川

 

    酒田市街     山居倉庫   日和山公園芭蕉像
 

 川舟に乗て酒田の湊に下る。淵庵不玉と云医師の許を宿とす。

 

 芭蕉は六月十三日(陽暦七月二十九日)川船にて鶴岡から酒田に入った。また、十五日に象潟に赴き、十八

日(陽暦八月三日)に酒田に帰着している。酒田は北前船による蝦夷地との交易の中継地であるだけでなく、最

上川流域及び庄内平野の米を中心とした物産の集散地であった。これらがもたらした繁栄により「豪商」も多く、

日本一の大地主と名高い本間家は「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」との川柳がその豊かさを

示している。
 
 日和山公園
   句 碑
   句 碑

   句 碑(近江屋三郎兵衛宅での「即興での発句」)


 

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