早苗とる手もとや昔しのぶ摺

 

 
   文知摺観音    文知摺石   境内入口 芭蕉像
 

 しのぶもぢ摺の石を尋て、忍ぶのさとに行。遙山かげの小里に、石半土に埋てあり。里の童部の来りて教ける、

「昔は山の上に侍しを、往来の人の麦草をあらして此石を試侍をにくみて、此谷につき落せば、石の面下さまに
ふしたり」と云。さもあるべき事にや。

 

 芭蕉は五月二日(陽暦六月十八日)古来著名な歌枕の地、信夫の里の文知摺石をたずねた。現在文知摺石
は境内に石柵にかこまれてある。河原左大臣源融と虎女の物語が「石の伝説」として解説されているように、
文知摺石は鏡石として知られるもので、恋情を表す歌枕としての「信夫摺」(製法が不明な古代染色)とは関係
がないと思われる。
 
 境内 芭蕉句碑

 

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